1 I 2 I 3 I 4 I 5 I 6 I 7 I 8 I 9 I 10 I 11
2002年 10月 某日

うちのアパートの階段にカマキリ君がいた。カマキリを見たのはひさしぶりである。子供の頃はよく捕まえていたけれど、最近はめっきり見なくなった。居るところにはいるのだろうが、ここあざみ野もどんどんと開発されていて、自然がなくなりつつある。
カマキリは子供の頃から昆虫の中では好きなキャラであった。カブトムシやクワガタのようにヒーロー的なキャラではないが、ちょっとキザでニヒルな感じが好きだったのだ。この写真のはまだ小さい子供だと思うのだけれど、小さい頃に捕まえたやつは全長15cmはあろう大きな緑色のやつでした。2匹捕まえて戦わせると、負けた方は勝った方に食べられてしまう。もともとカマキリは交尾したあと、メスがオスをこれから生まれる子供の栄養分としてだかどうかわからないけれど、オスカマキリを食べてしまう。人間で考えるとすごい事だ。オスカマキリは複数のメスカマキリに自分の優性な遺伝子をたくさん残そうという習性を持っていないのだろうか。優性に生まれたカマキリは交尾後もメスカマキリに食べられずに、うまく逃げる事ができるのだろうか。
しかし、生涯の目標である「交尾」を最後にして死するというのは、それなりの覚悟がないと出来ない事だろう。友達にも「俺、この夏体験しちゃった」なんて言えないだろうし、もし初めからわかっていたら、交尾自体するだろうか。それとも、そういう運命だから仕方がないと思うのだろうか。そういう潔いところもカマキリの魅力の一つである。

2002年 9月 25日

堅い物を噛むと少し痛くなる歯があるので、虫歯かと思い久しぶりに歯医者に通いだした。以前詰め物が取れてしまい、めんどくさがってそのまま放っておいたら虫歯になり、それでも我慢していたら隣りの歯まで虫歯になって、大がかりな治療になってしまった事があるので、たいして痛くはなかったのだけれど善は急げと、アポなしで診てもらった。結果、虫歯ではなく軽い歯槽膿漏で、その痛みではないかとの事。歯を綺麗に掃除してもらい、歯ブラシの磨き方を教えてもらった。歯がピカピカになった。
そこの歯医者には歯科助士の方がいつも数人いるのだけれど、困った事にみんなかわいい女の子ばかりなのだ。マスクをしているから顔は目ぐらいしか見えないのだけれど、はずせばたぶんかわいいのではないかと勝手に思っているだけなのだが。何故困るかというのは、そんなかわいい子(推測)の顔が至近距離約20cmぐらいまで近づいてくるし、しかも自分の口の中をまじまじと見られるのが恥ずかしい。もし何か食べかすでも詰まっていたらどうしようかとドキドキしてしまう。恥ずかしい話では他に、美容院で髪を洗ってもらってからタオルで髪を拭いてもらう時に、耳の穴を「きゅっ」っとタオル越しに指で拭いてくれるのが、とても恥ずかしい。それと同じで、ガソリンスタンドにて給油中に窓を拭いてもらう時、さりげなくサイドミラーの鏡を「きゅきゅっ」っと拭いてくれるのが、恥ずかしい。「あ、そんなところまで・・自分でしますから・・」という気持ちになる。そんな事を行きつけの美容院の人に話したら笑われてしまった。でも、世の中にはわたしと同じように、いろんなところで恥ずかしい思いをしている人が多くいるのではないのかと思うのだけれど・・・。

2002年 9月 某日

もうかれこれ6年ほど前だろうか。わたしのかつての愛車、YAMAHA SRX-6が事故により廃車になってしまったのは。交差点を通過中に信号無視の車が横から突っ込んできて、吹っ飛ばされた。その車はその後逃走したが、翌日逮捕。それ以来、機会もなく一度もバイクには乗っていない。無性に乗りたくなる時があり、たまにセパハンにスーパートラップでドドドッという音を響かせて乗っている夢を見る。車も好きなのでそれの維持で今は精一杯なのだけれど、一度、あの風を切って走る気持ちの良さを経験したら、危ないのは承知でもまた乗りたくなる。バイクは危険な乗り物だ。スピードが出ている時に転倒でもしたら大変な事になる。わたし自身、自爆で怪我したのも何度かあるし、上記の事故の件では全治1年はかかり、普段の生活にはなんら支障はないものの、わたしの左足は事故前とまったく同じ様には機能しなくなった。しかし、なんなのだろう、このワクワクさせられるバイクの魅力というものは。バイクの快楽というものは、リスクの代償なのだろうか?レーサーレプリカ系のカリカリマシンにはもともと興味はないので、ツインかシングルで肩に力を入れずにゆったりと乗れるバイクにまた乗ってみたい。レトロ系のヨーロピアン・シングルかツインがいいかな。または、サイドカー付きだと、バイクとしての自由度は多少損なわれるけれど、風を切って走るには変わりはないし、安全面では2輪よりかは高そうだから、いずれその手があるかな。

2002年 9月 11日

NYテロの日から丁度1年経った。わたしはテレビは見ないのだけれど、ラジオではずっとその事について話していた。
当時NYに友達がいて心配していたが、無事だという事を後で確認してとても安心した覚えがある。しかし、多くの罪のない人が亡くなられたとても残念な事件であった。アメリカはその後、報復攻撃を始めてそろそろ1年たつ。しかし、1年たった今、それによって何が変わったのかと疑問に思う事もある。わたしにとってNYテロは事の始まりのように思えたが、彼らにとってはそれが報復攻撃だったのかもしれない。
NYテロは悲しい出来事ではあったけれど、あまりニュースにならないだけでいまだに他の国では平和を望む人々が、テロリストやそれを制圧する組織により死傷しているという事実も考えていかなければいけないと思う。また、NYテロでは多くの人が亡くなったので話題にもなったが、交通事故や自殺などで日本だけでも毎日何十人も亡くなっているという事実も無視できないのではなかろうか。先日も高速道路を走行中のトラックが後ろからあおってきた車にイライラし、急ブレーキをかけて脅かしたつもりが、その車はトラックに追突し、運転者は死亡。トラックのドライバーは殺人罪で逮捕されたという事件があった。どっちがいけなかったのかというのは論点ではない。どうしたら悲しい現実を迎えずにいられたのかという事を考えなければならないと思う。
わたしみたいな小さな人間にいったい何が出来るのかと、今日少し考えてみた。自分のご飯を稼ぐだけでも大変な毎日なので、お金のかかる事は出来そうもない。が、お金をかけないでも、まずは人々が少しでも「今日、いい事があった」と微笑む事のお手伝いが出来るかもしれないと思った。ささいな事しかできないかもしれないけれど、一つずつ、やっていこうと思う。


1 I 2 I 3 I 4 I 5 I 6 I 7 I 8 I 9 I 10 I 11